2020年6月25日木曜日

やっぱりある程度自由であることが必要だよねって話

なぜか全然寝られなくて、
このブログ購読してる人とかいないはずなので、特に誰の迷惑にもならないかなと
いかにもめんどくさいやつだなってことを書きます。

コロナ禍の最中、テレワークが一気に流行りましたね。
これまで提案はされていても誰もしなかったものが、
右へ倣えで一気にみんながやり始めるというのはインパクトあったと思います。
テレワークでよく問題とされるのが、本当に仕事してるの?という管理の部分。
それが問題とされるたびに嫌な気分になります。
業務時間中はずっとWebカメラの映像が中継伝送されて、
中座して休憩したりするときはボタンを押すこと、
みたいなシステムもあるようです。

衆人環視の下でバリバリ作業を進めていいところ見せてやるぜ
という人もいるのかもしれないし、個人差がある話ではあると思うのですが、
僕自身は人に見られていると思うと(実際には見られていなくても)手が動かなくなってしまうので、
この環境下にいたら、ただでさえ低いパフォーマンスがガタ落ちだろうなと思います。
…というコメントをすると、本来したかった、管理しすぎるのは嫌だよねという話からそれてしまう…。

軌道修正をすると、管理する側からしたら毅然と、勤務中はビシっと100%頑張ってほしいという希望をするのは最もなのかなと思いますが、人間ですから、毎日それじゃ疲れてしまうと思います。
やはり個人差がある話だと思うのですが、僕は集中力がない人間なので、
何か余計なことをしながら本来やるべきことをやるくらいが一番能率が上がると思っています。
本来やるべきことのスレッドと、余計なことのスレッドを立ち上げると、シングルコアCPUなので
本余余本余本余本本余と脳内でスレッドを切り替えていき、10単位時間中に
「5 本来やるべきこと」ができるとします。
これが100%本来やるべきことしかしてはいけないとなると
本本………本…………と、同単位時間あたり
「3本来やるべきこと」になるくらいのイメージです。
「…」の間は何をしてるかというと、「何もしない」をしているか、「本」の進みがすごく遅い状態です。
これ、わかるって人いるんじゃないかと思うんですよ。
ずっと悩んでた問題が寝て起きたら解けるみたいなことあるじゃないですか。
この例ほど極端に集中を解かなくても、ある程度リラックスして、
自由に物事に取り組んだほうがパフォーマンスが上がるという人もそれなりにいると思うのです。

振り返ると、僕自身そういう環境ではそれなりに気に入られたりして、反対に、縛り上げられるような環境だとポンコツになっていたなと。
幼稚園小学校の頃は、子どもだから自由奔放です。

それが中学校に上がると、途端に管理社会が始まります。
学校生活に、生活指導という明示的なルールができました。
「中学生としての自覚を持った行動」
「中学生らしい服装」をはじめ
持ち物、登下校の方法など細則が多数。
10年以上前の話なので、25歳になって考えると、中学生としての自覚とかいうってワードで笑っちゃいますよね。そんなものねーよと。子供じゃん。ただ、当時強権的に、例外なく適用されるこのルールに怯えて生活していました。

すべてのルールに深い意味はなく、「中学生らしい生活態度」というパワーワードでごまかされています。
どの教員も強権的に、思春期の反抗精神の芽を摘むように抑圧してきます。
いやでもやらなきゃいけない。ルールだから。例外はない
という抑圧強権的な環境下で、本来やるべき学びに関してのモチベーションがなくなりました。
毎日学校へは通っていましたが、定期テストや高校入試の模試の結果なんかを見た両親に、本当にお前は学校で何をして来たんだと言われていたレベルで授業は右から左へ聞き流していました。
当時そこまで深く考えてはおらず、学校へ行って何もしないをしていただけなのですが、
意味もなく締め上げられていたストレスでそうなってしまった部分もあるのかなと、10年後にこうやって人のせいにしています。

結局、中学を卒業したあとは、僕が受験した年度、学校の統廃合があって枠が増えたりして、たまたま定員割れしてた工業高校に入りました。
もともと学科の専門分野に興味があったのもあります。今ではライフワークになっています。

高校はある程度自由だと聞いていたのでどんなもんかなと期待を胸に入学しました。
入学当初は、中学校と同じように生活指導の先生がいきなり、
高校はゆるいと思ってる生徒をシメるところから始まり、げんなりしました。
しかし、授業が始まってみると印象が変わりました。
強権的な指導をする先生もいますが、フレンドリーで寛容な先生もいたり、
そもそもルールに異を唱えるような先生までいる…。
ある程度自由にさせてくれる先生の授業はリラックスして取り組めるので頭に入りました。
また、地元の産業の人材育成を担う工業高校だったので、卒業後進路は就職の生徒が半数以上です。卒業後に即戦力!とまではいかなくとも、
実際の業務にどう関わってくるか、この学びがなんの役にやってくるのかということを、
専門科目の先生も、理科や社会、国語の先生も教えてくれました。
生活指導の方法も、近隣住民が困っていてクレームが入ったという、因果がわかりきったことや、学校全体のイメージ低下があると就職の口が狭まる可能性もあるといったリアルな理由をもとに指導していました。クロマティ高校になったらヤバい!というのは生徒間でも共有できていて、治安が保たれていたと思います。
人に迷惑をかけるような、よほどのことをしなければ問題ないわけですし、そりゃ当たり前だよなと納得できました。ルールのせいで、特にやりづらくなることはほとんどありませんでした。

ほとんど自分語りでしたが、自分の観測範囲と主観だけでいうと、
縛り上げすぎるとパフォーマンス落ちる人いるよねー
ルールは最低限がいいよねー
ルールには納得できる理由が必要だよねー
ということが言いたかったがための体験談でした。
中学校の生活は本当にトラウマというか、今でも理不尽さに恨んでいるのでたまに思い出すのです。
先生も忙しすぎて画一的にするしかないのはわかるんですけどね。僕には合わなかったというだけの話かもしれません。